wahと荒神明香から「目」へ。


3

ドローイング:荒神明香

 

 

wah(ワウ)は、思わず口から出たような、言葉になる前の、感情が表に現れるもうひとつ手前の、喉の奥から飛び出した言いようの無い「感じ」を文字にしたものです。時に、かけ声として、場の名前として、表現活動体の名前として機能してきました。

芸術作品が目の前で起こるような瞬間。そんなことを実感・共感すべく活動してきました。僕自身に「芸術」の本当の実感がなかったことがwahを立ち上げた大きな原因だと考えています。たまたま見かけた学校の休み時間に活動する子どもの様子や、自分が子どもの頃にやっていた活動を思い出して、もう一度その得体の知れぬ「実感」というものを求め直すことにしました。

そして微かにではありますが、wahの中でその確かな実感を得ることができました。興味があるにもかかわらず、あまりに不確かだった「芸術」というものを、自分たちにとって「確かなもの」に引き寄せるのに十分な経験ができたと思います。

そういう意味で、wahは自分たちや参加者を「目の当たり」にさせる活動だったと思います。

活動を初めて4年くらい経過してから、更にもっともっと高次元の作品体験を求めるようになっていました。それから3年程経ち、作品制作の仕組みを考え直して立ち上げたのが「目」になります。「芸術的な体験と遭遇する瞬間」を目的にしていたwahでは、不特定の参加者のクリエイティビティをやらせ無しに求める活動ですが、新たに「より高次元の作品体験」という確固たる目標ができたことで、それが共有できる特定のメンバーと、そのチームワークがとても重要なものになりました。

共にwahを運営してきた増井は、現場を構築するスキルと作品制作のノウハウを活かして、目では作品の「制作」を担ってゆきます。これまでより明確なポジションで作品制作の専門として活動します。

僕は、アーティスト荒神明香と共に目の作品の企画や総括的な部分を担うことになります。

ただ、増井と僕で運営してきたwahの可能性が無くなったと思っているわけではありません。かなり活動をペースダウンすることにはなるとは思いますが、増井と僕のライフワークとしても続けるつもりです。とりあえず「wah100」まではいきたいなとも思っています。まだまだアイデアにも出会いたいです。また、英語も通じないようなどこかの部族といつかwahをやってみたいなという思いもあります。もしまたwahの活動が更新されるようなことがあれば、ホームページで紹介します。

 

話は目に戻ります。wahでは実現するクリエイションの源泉を不特定の参加者のクリエイティビティに委ねてきました。参加者と共にアイデアのクリエイティビティの先や原点を探検し作品が起こる瞬間を共有するためです。しかし目の活動では一人の感性豊かなアーティスト荒神明香にクリエイティビティの源泉を委ねます。

荒神明香は、物心ついた時から「作品なるもの」を知らず知らずのうちに作っていました。子どもの頃から道端で拾ったものや身の回りにあったとても気になるものをジップロックにひとつずつ入れて、自分の部屋の壁じゅうにびっしり貼付けていたり、小学校の廊下の窓からトイレットペーパーのロールを友達といっせいに投げてその奇跡を観察したり。(小学校の先生にお母さんが呼び出されてお叱りをうけたそうですが、お母さんは、これはきっとあなたにとって大事なことになるから記憶に残しておきなさい。と教育したそうです。)そんな、小学校に通う少女が、ある時、テレビで広島現代美術館のCMをみて「これだ!」と直感したそうです。美術館の展示を観て、まさに自分がやっているのはこういうことだな、と幼いながら思ったと言います。日本で初めてできた公立の現代美術館に影響を受け、そのまま東京芸術大学へ進学。学部の頃から高い評価を受けて国内外で作品を発表しています。こんなにストレートに現代美術家になった例はおそらく国内では稀なタイプだと思います。彼女の作品は主に自信の視覚的体験を特定の空間の中に現象に置き換えて構築し鑑賞者に伝えるインスタレーション作品です。もう少しわかり安く言いますと、彼女は普段の生活の中で感覚にピンとくる(または不思議に感じる)風景や体験に出会います。例えば彼女が住んでいたアパートの裏に利根川が流れていて、川の流れがほとんど静止する時間があることに気づき、川を観察しにゆきました。そこで水面にかなり鮮明に周囲の風景が反射している状況に彼女の感覚が揺さぶられました。当初はその場所に知り合いを連れて来ては、その風景がすごいんだと説明したのですが、いまいち伝わらなかった。そして、自分がその風景から見出した感覚だけを抽出して別の空間に再現してみることにした(作品タイトル:reflectwo)のが荒神の作品制作のひとつのベースです。作品は、自分の大事な発見(彼女の言葉を使うと「ノーベル賞クラスの大発見」)を他者の「肉眼」へ届ける行為、それが最も伝わる手段(=作品)だと考えたのです。ホワイトキューブがどうとか、サイトスペシフィックがどうとかにとらわれていた僕は、子どもの時から便利な装置だなと思って、ためらい無く作品展示をしてしまう彼女にあっけにとられました。

若手アーティストとしても、順風満帆に活動しているはずの荒神が、なぜ「目」を自身の活動の基盤におくことに決意したのか、それには大きく2つの理由が考えられます。ひとつは、彼女が現代アーティストとして、うすぼんやりとレールにのっていることに気づいていたことです。このまま現代アーティストとして活動を続けることができたとして、先輩の芸術家(のことは尊敬しつつも)と同じようなキャパの中で作品展開することになるかもしれないという懸念と、さらには美術館やギャラリー同様にそれ以外の場所に可能性を感じていて、子どもの頃からそういった場所で大きなものも作りたかったのでした。つまり、もっと自由に作品を作る環境を模索したいと思っていました。そして、もうひとつが、もっとも大きな理由なのですが、僕が追い求めているものとの強い共感がありました。よくよく話している中で彼女が子どもの頃から抉じ開けようとしていたものの先と、僕がもっともっと実感したいと思っていたものの先は、方法こそ違ったものの全くもって何も変わらないことを知りました。そして制作においても、お互いの特製を活かした連携ができることもわかりました。あいまいな言い方になりますが、彼女が針を刺したようなほっそ〜い穴を僕がおし広げるような連携ができます。

ストレートに現代芸術家として活動する彼女と、いわば状況にかみ合わずにオルタナティブな活動をしていたwahの行き着く先が、実は同じものを見ようとしていました。もしかしたら他の芸術家も(本気でやってる人は)方法こそ違うだけで、同じようなことが言えるかもしれません。とはいえ、やはり芸術家同士が同じ作品に向かって活動するのは至難の業です。僕と荒神の感覚や、荒神とwahの制作の連携を掴むのにはおよそ2年かかりました。今でも苦労は絶えません。詳しくは秘密にしておきますが、サッカーの試合や選手の心理を自分たちなりの角度から読み解くことでチームワークを深めることができました。

作品制作の方法としては、まず、wahの「目の当たりにした/させてきた」状況を作る制作の経験と、荒神が大事にしている他者の「肉眼に届ける」作品をその場に成立させる感覚がシンプルに結びついたのが「目」です。

そしてそれだけでなく、更に重要なのは荒神の作品やwahの実感が渦巻くずっと奥に、我々の宇宙観をもひっくり返すような圧倒的なものの「目」があることを信じていることです。それは目に所属しているスタッフ4人ともが強く信じていることです。

もしも究極の作品というものがあるなら、それはどんな芸術の専門家にも、芸術作品に触れたことのない子どもにも同じように伝わる普遍的な存在であると信じています。芸術に対して唯一言えるのは、誰にもこれこそが芸術だとは言えないこと、ルールがないということだと思います。僕らは作品を作ることでしかそれを表すことができません。もっと圧倒的に、もっと凄まじい作品を、皆さんの目の前に表してゆきたいと思います。

それでは、みなさま今後の活動を楽しみにしていてください。

南川憲二

 

カテゴリー: お知らせ |

コメントは受け付けていません。

ページの先頭に戻る